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物事は ハラで考える。
考えるというよりはむしろ、感じる。が正しいのか、。 チカラが入るとカラダはかたまり、こわばる、。 とくに最近、カラダとチカラとを観察していると、 パソコンに向かっているとき、 話をしているとき、 歩きながら、 ありとあらゆるところで肩にチカラがはいっていることに気がつく。 そんなチカラを抜くことができれば、 また違った視点が拡がってゆくのだろうか、、 チカラを抜ききること。 最近の課題。マイブーム
最近はいろいろ、、。
気 についてあれこれ考えたり、 手相の講座をうけてみたり、 人の歩き方を観察してみたり、 コミュニケーションのあり方を考えてみたり、 肩のチカラをぬいてみたり、。、 これだけ記すとなんだか危ない人ですなぁー。 そんなこと考えながらでもこなせる仕事っつーのも、いーのか悪いのか、。 まぁ、そこは気にせずにいきますが、 いろーんなことまとめて、まとまったとして、 それらの向かう先、向かわされている先、その未来はどこを向いているのかと、そう思うことがある。 企業のそれぞれが目標とする指針があるとすれば、その指針を示すために基準とする何かがあるわけで、 その基準とする何かを何とするのか。 その根っこの部分がよくわからない。 今はその部分を探している過程なのだと思う。 仕事をしながら、遊びながら、 講座をうけながら。 そこを見つけることができれば、ぶれることのない芯ができあがるし、 よりシンプルになってゆける気がする。 そんなひとりごと。 心の中の整理。
さて、
会社に新入社員がやってくる。 もぅ、随分と年の差もはなれだし、 一回り以上が当然になってきている 自分が入社したのが遅いのもあって、 自分と同期の子はとしが丁度10もちがう。 その同期の子も今月寿退社である。 まぁ、そうなるもんですよね。、。 さてさて、話は戻り、新入社員。 少し話もしたけれど、 新しい風に触れて、話をしてみると、自分の根底やら、思考やら、 普段はそんなに表に出ていない、奥にしまいこんである言葉や思考と出逢い、 自分で話しながら、話を聞きながらいろいろと考える。 新しい一歩を踏み出す人は たくさんの期待と不安との両極端なる想いを抱え、 未知なる道にこころ踊らせていることは事実であろう。 自分が歩いてきた道と照らし、 これから歩くであろう道を知っているが故に、 その道、環境が、彼に与えるであろう影響が頭をよぎる。 まっすぐに、ぶれること無く伸びてほしいと思う。 正直に感じるのは、有能な能力や正確が スクスク と育つ環境があるかどうか、 そこに自分自身が不安を抱えていることだ。 ダイヤの原石も磨かなければただの石であるが、 磨くものが粗末なものであったり、磨く人がよろしくなくても ただの石でのままであろう。 でも 心 を とどめ、 祈るよりほか無い。 ![]() この写真は 父 を思い出させる。 僕らを撮ってくれた頃の父を 雰囲気が似ているんだな。 なんでか。 そう、 感じた。 同じ 想い であったのだろうな。きっと。
会社で蒔いた種は
知らぬ間に広がりをみせる。 その種がいいものであれ、悪いものであれ、 目にうつることなく、でも確実に。 ただ、広がる早さには違いがあるようで、 いいものは遅く、悪いものは早いように感じる 悪いものを刈り取るには、 それまで以上の早さと労力、パワーを必要とする。 そんな気がする、。 刈り取らなくちゃねぇ、。
昨晩夢をみた。
少し気になったからメモ 同じ沿線の何処かの駅を下りてすぐの処。 財布の中にはいっていた鍵には黄色いリボンが目印についていた。 外から部屋をみると窓があいていて、 テントなのか、タープなのか、 ポリエステル素材の深い青色したものが 風でなびいていた。 比較的細い階段をあがると、 熱帯魚やさんなのか、綺麗な水槽がいくつも飾られている。 その水槽の間を抜け、右手のほうへ進んでいく。 黄色い目印のついた鍵がそのドアの鍵であることは知っていて、 何年も放置していた部屋に入るのが少しだけ不安だった。 部屋に入るとエアコンがついていて、 暖かくあったが、外からみた窓が開いていた。 窓際には茶色いカバーがかけられたベッドが一つ 雨が降り込んだのか少し濡れていたが、 臭いもせず、特に気になるほどではなかった。 なぜか、この部屋の家賃やら光熱費やらは どうしていたんだっけ?と、自問するも、 どうしていたのか、どの位放置していたのかもわからない。 まぁ、とりあえずは着替えようとしていたとき、 やけに眼力の強い女の人が部屋に入ってきて こう言われた気がする 『ここにいると強く繋がりのある女の人に出会う』と。 でも、もう嫁さんにであってるし、そーゆーのはいいってことで、 それよりも何故か、 自分は霊的なカウンセリングやら、相談やらをしていきたいから、 霊的チカラや、そんな素質はもってないか? と尋ねた。 わけわからんけど、。 答えはこうだった。 『持っていますよ、霊感も強く、、もぅ持っているじゃないの。』 的なことをいわれ、 何故か、その人のことを魔性の女系と感じ 目が覚めた。 幾たびか、その部屋は登場した。 一時期は引っ越しやらなんやらしていて、 いつかはそこで生活をしていた。 夢の中の現実世界。 それが何を意味するのかはわからない。 そんなとりとめのない話。 メモ書き。
最近、
facebookをちょくちょくのぞくようになりました。 専門学校時代の友人にあったり、 カヤック関係の人をみつけたり、 いろいろな繋がりがでてきたのだけれど、 ど、 何か、道を疑うというか、 後押しするというか、 真っ直ぐに進む、歩いている知人を知ると 流石だなぁ。 と、関心せずにはいられず、 自分という、あるいている道をみてしまう。 また、いつのまにか、、 レールというカタチの類いを 歩かされているわけではないのに、 自分で望んで歩いているというわけでもなく、 自己嫌悪に陥る。、、 ダメダメだねぇー、。、 相変わらず。
今日は少し早めに家を出た。
玄関のドアを開くと 少し懐かしいような、冷たい空気が流れこんでくる。 昔、アメリカを旅したときの空気を思い出す。 五カ国語を話すメキシコ人が、 しきりにいろんな国の言葉で、寒い寒いと騒いでいた。 駅へ向う道。 空を見上げると そこにはまだ星達がいた。 しばらくは星をみながら歩く 随分と日が短くなったなぁと思いながらも、 昔ほど澄んだ空気とは少し異なる、 決して軽くはない感覚。 軽く、気持ち、心地よい感覚のある空気を また吸いたいもんです。
特別な場所 ありますか?
僕にはあります。 きっとそこの特別な場所は その場所を好きという人達にとっても 特別な場所なのだとおもいます。 それでも それ以上に、 強く深く、思い出のつまる 場所 なのであります 思い出を思い出せる 場所 なのであります どうしてか、 いつまでも同じ流れがただよう。 空間、時間、 心地よい。 不思議なんですよ。 ほんとうに。 長瀞 いい場所です。
今日は仕事場で
ピリピリと 赤いオーラを発してしまった。 そうすると、言われたからか、 ぴきぴきと、胃のあたりに 違和感をかんじるのです。 汗 思い込みなのか、 リンクしているのか、。 なんなのか、 反省。 口は出すまいと、 流していこうと 思ってはいても。 ついつい、 頭にボールが当たってしまうと、 コンニャロー と ついつい ピッチャーめがけて突撃してしまう、。 そんな感じでしょうか。、 明日からは、 音楽聞きながら、 違うことを考えながら、 少し違った方向へとチカラをそそぎながら いこうかね。。。 つつらづらづら、。、
ずいぶんと久しぶりでした。
水の上。 やはり、間違いなく心地よい世界 なつかしの景色。 従兄弟がやりたいというので、 昔の友人に頼んで急遽決めた日程、行動。 よくよく考えてみると 友人と会うのも実は十年ぶりでした。 朝方は雨が強く降っていたけれど、 はじまるころにはすっかりと止んで 10月半ばだというのにTシャツ一枚で十分でした。 シーカヤック初体験の従兄弟に友人がレクチャーする姿をみて、 なにか、 突然に、自分が教えていたころの時間とリンクして、懐かしく、心地よく、。瞬間。不思議な時間が流れました。 水の上にでて、当たり前ですが、 自由に動ける自分に少し嬉しさを感じてみたり、 ただただぼーっと浮かんでいたり、、陸にあがって潮だまりの中をじーっと覗き込んでていたり、岡の上にのぼってのんびりと食事をとってみたりと、 そんな、一見すると無駄と思える時間の過ごし方の中に、忘れてはいけない大切な何かを思い出してみたりして。 改めて自然というフィールドから得られるチカラというものを感じました。 またこよう そぅ おもいながら 三浦半島をあとにしました。 ![]()
何度か鑑定してもらっていたのだけれど、
記録を残しておらず、 あ、 残しておこう と 気がついたので、 今回から。 最近、震災の影響からか、放射能やら、会社の経営やら、将来的な跡継ぎやらやら、、、 いろんなものがぐちゃぐちゃになっていて、 仕事でもイライラとすることが多くなっていました。 んで、 住む場所や、これからの生活や、 なんやかんやと、。 そこまで深く考えてはいなかったのだけれど、 口にして話をしだすと。 なるほど。 頭の中ぐちゃぐちゃだったんだなと。 思いながら進めてもらいました。 いろいろと 紐をといていきながら、 原因をさぐりながら、 少しずつ少しずつ。、 下層へ下層へ。 丹田ということろと、 人の記憶の集まる額の奥。第六チャクラのある場所は 繋がっているそうで、 地震は震動。 東日本大地震の大きな震動によって、丹田が、記憶の部分がブルブル震え、 昔の記憶の片鱗がよみがえったりしている人が多いという。 僕の記憶はそこともリンクしていて、 昔、世継ぎ、後継ぎの節目で、 このままではイカンとおもい、強引にいいアイデアをもって 改革をしたことがあるそうでした。 ただ、アイデアそのものはよいのだけれど、 何事にもタイミングがあるように。 その 時期 をのがし、 結果 和 が乱れてまとまらなくなったそうです。 和が乱れ、アイデア等も活かしきれなく、苦い経験をしていたと。。 そんな記憶とリンクして、 今ある現状と結びつけ、不安となっていたそうで、 今、焦って、強引に改革なり、変化を求めるとよくないそうで、 その時と同じようになってしまうよと。 言われました。 今は仕事云々ではなく、 家族との時間を大切にする時期だと、。 そんな時期であるはずなのに、仕事や、変化を求めて進んで行くと。ストレスが溜まり、 健康を害し、結果として家族に迷惑もかけ、子供にもストレスを与えてしまうと、。 そんなふうに言われました。 そう。 カヤックを始めたきっかけは、自分に子供ができたとき、自然の中で遊ばせてやりたい。 そう考えたからで、 震災、原発の影響で自然が昔のようでなくなったショックはきっと大きく、 これからの子供の生活を考えると、不安で仕方なくなっていたんだろうとも思いました。 そうそう。 胃 にくるらしーですよ。 このままだったなら。 仕事。 今乗っている船(たとえ)は父のフネであり、父が育てた乗組員であり、 今の僕はそのフネの中で、さえずり、補修をし、このフネを沈めてはいけないと叫んでいるようなものらしい、。 考え方として、そのフネの行き先、行く末は父のものであり、それは父を信じて、上を信じていればいーのだそうで、無理にどうにかしようとしても、和が乱れ、うまくはいかない可能性が高いという。 フネが痛んでいても、その乗組員たちは、なんとかやっていけると。 だましだまし航海していけると。それでいーのだと。 僕は今。そのフネを改造して、補強、補修して、そのフネでその先を目指そうとしているようなものなのだという。 それではいけなく、もっと大きな目、意識をもっていかねばならないのだ。 そのフネではその先へは行けぬ。 そのフネがいよいよ役目を終えるとき、新たなフネでその先を目指せるよう、 全く違ったフネ、 もっと大きなフネを 準備できるだけの器を そのとき のために準備をし、 心構えをしなくてはならないのだと、。 そのためには 今の時間を大切にし、 家族、自然との時間を大切に生活をしてく。 平和。 のんびり気ままにが 僕のモットーであった。 ぴりぴりしているのはらしくない。 流れを信じて、流れに身をまかせてみよう。 泳ぎだすタイミングと方向を間違わないように。。。 僕のオーラのイメージは 平和な感じの グリーン だそうで、 知的な蒼がすこしはいって、 ユーモア的な黄色もないっているそうです。 ですが、今はそこにチカラの赤、 暗い赤 がピリピリとはいっているようで、 らしくない感じになっているらしい。 いや、まったく。 自分をみつめてみると、 そんな感じだ、。 そこからは 平和的解決はみとめられない。 柔軟な対応や態勢はのぞめない。 押されても引かれても、 どんなチカラに対しても柔軟に対応できるよう。 心をいれかえ、 心大きく、 こころ平にまるく。 のんびりと。 いきましょう
なんにせよ、。
頭で理解したことをカラダにつたえることはなかなかにむずかしい。 頭で理解していなかったことをカラダから教わることもまたむずかしい。 感情を頭で理解することもまたむずかしく 理解できてもコントロールすることはむずかしい。。。 あたま と からだ その繋がりは その関係はなんなんだろう、と、そうおもうこともある 多々。 でも、やはり 愉しさ が大きく含まれているのだよ。 カラダうごかしながら頭つかうこと。 さて、愉しみながら。 がんばるぞ。 なにごとも。
最近自分のブログをよみかえした
きづかされることも多々 はずかしくなることも多々 けれど、 なんだか 過去からのメッセージのようでもあり なかなかに愉しい。 いま と これから を考えるのは中々にむずかしく、 本当の意味で 生きていく 選択 をせねばならんと感じています。
この地に降りた一人
どんな心を内に秘め どんな目的があって どんな意思をたずさえているのか 我が師となり 我が子となり 未知なる道へと この地を歩む覚悟を決めているのだろうか。、、 まぁまぁ、。せっかく来たのだから 楽しまなくては。 のぉ いつも、いつまでもよき風が吹きぬけるよぅ よき時の流れがつづきますよう
いつも何度でも
作詩:覚和歌子 作曲:木村弓 呼んでいる 胸のどこか奥で いつも心躍る 夢を見たい かなしみは 数えきれないけれど その向こうできっと あなたに会える 繰り返すあやまちの そのたび ひとは ただ青い空の 青さを知る 果てしなく 道は続いて見えるけれど この両手は 光を抱ける さよならのときの 静かな胸 ゼロになるからだが 耳をすませる 生きている不思議 死んでいく不思議 花も風も街も みんなおなじ ララランランラランラーーーランランララン? ララララランランララランラララランラララララ? ホホホホホホホホルンルンルンルフフフフフ? ルルルルルンルルルーンルルルー 呼んでいる 胸のどこか奥で いつも何度でも 夢を描こう かなしみの数を 言い尽くすより 同じくちびるで そっとううたおう 閉じていく思い出の そのなかにいつも 忘れたくない ささやきを聞く こなごなに砕かれた 鏡の上にも 新しい景色が 映される はじまりの朝の 静かな窓 ゼロになるからだ 充たされてゆけ 海の彼方には もう探さない 輝くものは いつもここに わたしのなかに 見つけられたから ララランランラランラーーーランランララン? ララララランランララランラララランラララララ? ホホホホホホホホルンルンルンルフフフフフ? ルルルルルンルルルーンルルルー
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