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気ままにつぶやき ゆるりとフラフラと 空を歩く    
by sora-arukumono
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存在
仕事にて

自分の奢りと慢心、至らぬ言動から
相手に不信感を抱かせ、予期せぬ事態へと派生した。

自身の感覚や直感、理論などはありつつも、
現実という時間軸の中では改めなければならぬ事柄であり、社会という枠内、基準からは、頭を下げざるをえない。

自身で解決せねばならぬが、
自身では解決できぬ部分をも含み、
いろいろと考えさせられている時間でもある。。、

そんな状況で朝を迎え、母からのメールに気づく。

大丈夫だという言葉に救われ、勇気づけられた自分は、いつまでも子供であるのだと感じた。


また、父からは電話があり、
最悪の事態となることも想定し、万が一そうなった場合には腹はきまっているとの言葉を聞き涙した。

時間を重ね、経験を自分のものとし、年老いて尚、その心力に頭が下がると同時に
心労をかけさせている自分の不甲斐なさに申し訳ないという気持ちが湧いてくる。

その存在は確実に大きなものであり、
かけがいのないものである。

そぅ、今日改めて強く感じ、考えさせられた。


そんな涙した日を記す。

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# by sora-arukumono | 2016-03-24 00:47 | 日記
2016年3月
放置して、一年以上。

ツールはブログからFacebookへうつり、
たまーに更新はするものの
更新の手軽さと同じように、文面もまた軽いものへとなったよーなきもしている。

まぁ、ここへ記す文面もなんら変わりはないのだけれど、

なんとなく。。


この1年半で何が変わったのだろうかと、
ここから覗くと少し違った視界が広がるのが面白い。

めまぐるしく変わる日常の中で、
変わらず時をきざみつづける場所もまた確かにあるのだと、改めて感じさせられる場所でもある。

いつのまにか、まだ渦中にあることを忘れ、
その日常にある当たり前を疑いもせず、マクロな修正に日々の時間を費やしている。

そんな呟き。



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# by sora-arukumono | 2016-03-12 18:20 | 呟き
向かう先は
ブログをはじめたときには
スマホなんてものはなく、

電車に揺られては外の景色を眺め、
周りの人の行動や、仕草に目をやり、
そこで感じる自分に目を向けていた。

今や、少しの時間があれば、
スマホに目をおとし、
様々な記事や、動画や、写真に時間を費やす。

ふと、周りをみわたせば、
ほとんどの人達が、視線をその小さな画面におとし、
各々の時間をついやしている。

考えるわけではなく、
流れるように情報が入っては抜けゆく。
とどめる必要はなくなり、

入っていないことにも気がつかない。

ふと、そんな風に感じ、
自分も同じなのだと気づく。

そんな自分から、何か生み出されるわけでもなく、
向かう先がまっとうなものであるわけもない。

書きながら考え、自分が何を思うかを知る。


少し

違う道へと奥深く入り込んでしまっていたのではないかと、

そう感じた。

少し、
修正をかけながら、
自分の道へと進まねばなるまい。

向かう先をよりよいものとできるよう。


気づけよ。




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# by sora-arukumono | 2014-09-18 21:30 | 呟き
ぐち
愚痴をこぼして気づくこと



誰かのせいにしてもはじまらないし、
何も変わらないということだ。

ただ、

それではいかん。と、
自分をみつめなおすきっかけにはなる、か、、。

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# by sora-arukumono | 2014-08-21 07:44 | 呟き
想うままに記す
さて、

周りに起きること、起こることは


自身がひきつけること。

もしくは、

自身にひきつける 何か があるから引き起こされるもの


そこを求めねば、
追求し、つきとめなくては、

本当の解決へと続く扉を拓くことはできない。


全ては自身にあること。

自身の解決が他への解決へとつづくこと


そこが、本来へのただ一つの道であるということ


ただ、誤解してはならないことは、

自身を責めることでは決してないということ


自身の探求であり、改善すべき余地がある

そのことに気づき、


ありがとうと想い、

悪かったねと 頭を垂れること。



ゆるく。
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# by sora-arukumono | 2013-11-18 22:53 | 日記
背をおしてもらうということ
背をおしてもらうということは

いろいろなタイミングや、手法があって、

それらが合致したときにこそ


何倍ものチカラとなり、
励ましとなり、
勇気となる。


一歩踏み出す原動力となるし、

歩んできた道が明るく照らされたりもする。


それは、
ほんの一行の言葉であり、
漫画の一コマであり、
何気ない一言であったりもする。

なんであれ、

そんな後押しは嬉しいことで、
じわじわと効いてくるものでもある。


経験値のない自分にとっては、
それが何よりの救いであり
道標となる。


またひとつ。ひとつ。と


慌てず、ゆるりと進めるように。



みんなにも。そんな心意気を。

ゆったり感を

感謝を




おやすみなさい。
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# by sora-arukumono | 2013-10-16 22:53 | 日記
何のためか
いきること

たべること
ねること
こをつくること

その場所があるということ。


お金を稼ぐこと ?


人は根本の根本を考えずに

時間をすごしながら、生きる意味や
生きている意味をさがし、

その理由をつくる


あてはめてみたり、

想像してみたり、


色々な色をした、カタチをした

たくさんの葉をつけて、


風に揺られるのを悲しんだり楽しんだり。

その根をみる人もまたいるであろうが、


その根を下ろす大地をさがしたり、
疑ったりする人は


いるのだろうか、。






ここでやめておこう。


ではまた
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# by sora-arukumono | 2013-10-09 20:21 | 呟き
立教新座中学・高等学校 校長のことば
卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ。


 諸君らの研鑽の結果が、卒業の時を迎えた。その努力に、本校教職員を代表して心より祝意を述べる。
 また、今日までの諸君らを支えてくれた多くの人々に、生徒諸君とともに感謝を申し上げる。

 とりわけ、強く、大きく、本校の教育を支えてくれた保護者の皆さんに、祝意を申し上げるとともに、心からの御礼を申し上げたい。

 未来に向かう晴れやかなこの時に、諸君に向かって小さなメッセージを残しておきたい。

 このメッセージに、2週間前、「時に海を見よ」題し、配布予定の学校便りにも掲載した。その時私の脳裏に浮かんだ海は、真っ青な大海原であった。しかし、今、私の目に浮かぶのは、津波になって荒れ狂い、濁流と化し、数多の人命を奪い、憎んでも憎みきれない憎悪と嫌悪の海である。これから述べることは、あまりに甘く現実と離れた浪漫的まやかしに思えるかもしれない。私は躊躇した。しかし、私は今繰り広げられる悲惨な現実を前にして、どうしても以下のことを述べておきたいと思う。私はこのささやかなメッセージを続けることにした。

 諸君らのほとんどは、大学に進学する。大学で学ぶとは、又、大学の場にあって、諸君がその時を得るということはいかなることか。大学に行くことは、他の道を行くことといかなる相違があるのか。大学での青春とは、如何なることなのか。

 大学に行くことは学ぶためであるという。そうか。学ぶことは一生のことである。いかなる状況にあっても、学ぶことに終わりはない。一生涯辞書を引き続けろ。新たなる知識を常に学べ。知ることに終わりはなく、知識に不動なるものはない。

 大学だけが学ぶところではない。日本では、大学進学率は極めて高い水準にあるかもしれない。しかし、地球全体の視野で考えるならば、大学に行くものはまだ少数である。大学は、学ぶために行くと広言することの背後には、学ぶことに特権意識を持つ者の驕りがあるといってもいい。

 多くの友人を得るために、大学に行くと云う者がいる。そうか。友人を得るためなら、このまま社会人になることのほうが近道かもしれない。どの社会にあろうとも、よき友人はできる。大学で得る友人が、すぐれたものであるなどといった保証はどこにもない。そんな思い上がりは捨てるべきだ。

 楽しむために大学に行くという者がいる。エンジョイするために大学に行くと高言する者がいる。これほど鼻持ちならない言葉もない。ふざけるな。今この現実の前に真摯であれ。

 君らを待つ大学での時間とは、いかなる時間なのか。

 学ぶことでも、友人を得ることでも、楽しむためでもないとしたら、何のために大学に行くのか。

 誤解を恐れずに、あえて、象徴的に云おう。

 大学に行くとは、「海を見る自由」を得るためなのではないか。

 言葉を変えるならば、「立ち止まる自由」を得るためではないかと思う。現実を直視する自由だと言い換えてもいい。

 中学・高校時代。君らに時間を制御する自由はなかった。遅刻・欠席は学校という名の下で管理された。又、それは保護者の下で管理されていた。諸君は管理されていたのだ。

 大学を出て、就職したとしても、その構図は変わりない。無断欠席など、会社で許されるはずがない。高校時代も、又会社に勤めても時間を管理するのは、自分ではなく他者なのだ。それは、家庭を持っても変わらない。愛する人を持っても、それは変わらない。愛する人は、愛している人の時間を管理する。

 大学という青春の時間は、時間を自分が管理できる煌めきの時なのだ。

 池袋行きの電車に乗ったとしよう。諸君の脳裏に波の音が聞こえた時、君は途中下車して海に行けるのだ。高校時代、そんなことは許されていない。働いてもそんなことは出来ない。家庭を持ってもそんなことは出来ない。

 「今日ひとりで海を見てきたよ。」

 そんなことを私は妻や子供の前で言えない。大学での友人ならば、黙って頷いてくれるに違いない。

 悲惨な現実を前にしても云おう。波の音は、さざ波のような調べでないかもしれない。荒れ狂う鉛色の波の音かもしれない。

 時に、孤独を直視せよ。海原の前に一人立て。自分の夢が何であるか。海に向かって問え。青春とは、孤独を直視することなのだ。直視の自由を得ることなのだ。大学に行くということの豊潤さを、自由の時に変えるのだ。自己が管理する時間を、ダイナミックに手中におさめよ。流れに任せて、時間の空費にうつつを抜かすな。

 いかなる困難に出会おうとも、自己を直視すること以外に道はない。

 いかに悲しみの涙の淵に沈もうとも、それを直視することの他に我々にすべはない。

 海を見つめ。大海に出よ。嵐にたけり狂っていても海に出よ。

 真っ正直に生きよ。くそまじめな男になれ。一途な男になれ。貧しさを恐れるな。男たちよ。船出の時が来たのだ。思い出に沈殿するな。未来に向かえ。別れのカウントダウンが始まった。忘れようとしても忘れえぬであろう大震災の時のこの卒業の時を忘れるな。

 鎮魂の黒き喪章を胸に、今は真っ白の帆を上げる時なのだ。愛される存在から愛する存在に変われ。愛に受け身はない。

 教職員一同とともに、諸君等のために真理への船出に高らかに銅鑼を鳴らそう。

 「真理はあなたたちを自由にする」(Η ΑΛΗΘΕΙΑ ΕΛΕΥΘΕΡΩΣΕΙ ΥΜΑΣ ヘー アレーテイア エレウテローセイ ヒュマース)・ヨハネによる福音書8:32


 一言付言する。

 歴史上かってない惨状が今も日本列島の多くの地域に存在する。あまりに痛ましい状況である。祝意を避けるべきではないかという意見もあろう。だが私は、今この時だからこそ、諸君を未来に送り出したいとも思う。惨状を目の当たりにして、私は思う。自然とは何か。自然との共存とは何か。文明の進歩とは何か。原子力発電所の事故には、科学の進歩とは、何かを痛烈に思う。原子力発電所の危険が叫ばれたとき、私がいかなる行動をしたか、悔恨の思いも浮かぶ。救援隊も続々被災地に行っている。いち早く、中国・韓国の隣人がやってきた。アメリカ軍は三陸沖に空母を派遣し、ヘリポートの基地を提供し、ロシアは天然ガスの供給を提示した。窮状を抱えたニュージーランドからも支援が来た。世界の各国から多くの救援が来ている。地球人とはなにか。地球上に共に生きるということは何か。そのことを考える。

 泥の海から、救い出された赤子を抱き、立ち尽くす母の姿があった。行方不明の母を呼び、泣き叫ぶ少女の姿がテレビに映る。家族のために生きようとしたと語る父の姿もテレビにあった。今この時こそ親子の絆とは何か。命とは何かを直視して問うべきなのだ。

 今ここで高校を卒業できることの重みを深く共に考えよう。そして、被災地にあって、命そのものに対峙して、生きることに懸命の力を振り絞る友人たちのために、声を上げよう。共に共にいまここに私たちがいることを。

 被災された多くの方々に心からの哀悼の意を表するととともに、この悲しみを胸に我々は新たなる旅立ちを誓っていきたい。

 巣立ちゆく立教の若き健児よ。日本復興の先兵となれ。

 本校校舎玄関前に、震災にあった人々へのための義捐金の箱を設けた。(3月31日10時からに予定されているチャペルでの卒業礼拝でも献金をお願いする)

 被災者の人々への援助をお願いしたい。もとより、ささやかな一助足らんとするものであるが、悲しみを希望に変える今日という日を忘れぬためである。卒業生一同として、被災地に送らせていただきたい。

 梅花春雨に涙す2011年弥生15日。


立教新座中学・高等学校


校長 渡辺憲司
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# by sora-arukumono | 2013-10-02 09:12 | ことだま
思考
本来

放っておいたほうがうまくいくものらしく

あーだこーだと、
いろいろと考えることは、思考することは
結果、本来のものではなくなる。

人のため、自分のため、云々。

それらを越えることができたとき、


本来の姿から、本来の行動へ。


直感が、そのままよい方向へとすすむ。

いゃ、すすむというよりはむしろ、

向かってくる。 come


まだまだ思考から脱するには
時間とが必要だろうけれど、

こころにとどめ、


すこしづつ。
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# by sora-arukumono | 2013-06-17 07:44 | 日記
caravan Live
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久々にライブにいってきました。

そこには昔となんら変わらぬ空気が漂っていて、


それでも、少し

まえよりも暖かさが増しているような


そんな風にもおもえた空間


そして、まえよりも少し、



そこで過ごす自分がかわったようにも思えて



ほっ



って感じた。



caravanの空気、雰囲気は

マイペースの中にやさしさや思いやりが

感じられた。



やっぱ、野音はいーなぁ。
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# by sora-arukumono | 2013-06-08 21:43 | 呟き
おひさしぶり
ひさしぶりの そらあるくもの

ブログ

つぶやき


Facebook やら、LINEやら、


いつの間にか普及した者たちに追われ、


おろそかになっていた場所



随分と月日が経って、

生活スタイルも大分かわったのだと、 そう思う


いいのか、わるいのか、 それはわからないけれど、。



今日は久しぶりの現場だった。


やはりカラダをつかうことは心地いいね。


まぁ、いろいろと想うことはあるけれど、。



それもふくめて また先へ



なんだね。
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# by sora-arukumono | 2013-05-16 22:32 | 呟き
human error
human error

こころに響くね
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# by sora-arukumono | 2012-06-30 12:06 | オススメ
チカラを抜くということ
物事は ハラで考える。

考えるというよりはむしろ、感じる。が正しいのか、。


チカラが入るとカラダはかたまり、こわばる、。

とくに最近、カラダとチカラとを観察していると、
パソコンに向かっているとき、
話をしているとき、
歩きながら、

ありとあらゆるところで肩にチカラがはいっていることに気がつく。
そんなチカラを抜くことができれば、

また違った視点が拡がってゆくのだろうか、、


チカラを抜ききること。


最近の課題。マイブーム
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# by sora-arukumono | 2012-05-25 14:40 | 呟き
シンプルに
最近はいろいろ、、。

気 についてあれこれ考えたり、
手相の講座をうけてみたり、
人の歩き方を観察してみたり、
コミュニケーションのあり方を考えてみたり、
肩のチカラをぬいてみたり、。、

これだけ記すとなんだか危ない人ですなぁー。

そんなこと考えながらでもこなせる仕事っつーのも、いーのか悪いのか、。

まぁ、そこは気にせずにいきますが、


いろーんなことまとめて、まとまったとして、
それらの向かう先、向かわされている先、その未来はどこを向いているのかと、そう思うことがある。

企業のそれぞれが目標とする指針があるとすれば、その指針を示すために基準とする何かがあるわけで、

その基準とする何かを何とするのか。

その根っこの部分がよくわからない。


今はその部分を探している過程なのだと思う。

仕事をしながら、遊びながら、
講座をうけながら。


そこを見つけることができれば、ぶれることのない芯ができあがるし、
よりシンプルになってゆける気がする。


そんなひとりごと。
心の中の整理。
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# by sora-arukumono | 2012-05-18 08:58 | 呟き
新入社員
さて、

会社に新入社員がやってくる。

もぅ、随分と年の差もはなれだし、 一回り以上が当然になってきている

自分が入社したのが遅いのもあって、
自分と同期の子はとしが丁度10もちがう。

その同期の子も今月寿退社である。

まぁ、そうなるもんですよね。、。


さてさて、話は戻り、新入社員。


少し話もしたけれど、

新しい風に触れて、話をしてみると、自分の根底やら、思考やら、

普段はそんなに表に出ていない、奥にしまいこんである言葉や思考と出逢い、

自分で話しながら、話を聞きながらいろいろと考える。


新しい一歩を踏み出す人は

たくさんの期待と不安との両極端なる想いを抱え、
未知なる道にこころ踊らせていることは事実であろう。

自分が歩いてきた道と照らし、

これから歩くであろう道を知っているが故に、
その道、環境が、彼に与えるであろう影響が頭をよぎる。

まっすぐに、ぶれること無く伸びてほしいと思う。


正直に感じるのは、有能な能力や正確が スクスク と育つ環境があるかどうか、
そこに自分自身が不安を抱えていることだ。


ダイヤの原石も磨かなければただの石であるが、

磨くものが粗末なものであったり、磨く人がよろしくなくても
ただの石でのままであろう。


でも 心 を とどめ、  祈るよりほか無い。
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# by sora-arukumono | 2012-04-03 23:19
父の写真
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なんだか、

この写真は 父 を思い出させる。


僕らを撮ってくれた頃の父を


雰囲気が似ているんだな。 なんでか。


そう、 感じた。


同じ 想い であったのだろうな。きっと。
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# by sora-arukumono | 2012-03-28 21:42 | 日記


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