気ままにつぶやき ゆるりとフラフラと 空を歩く    
by sora-arukumono
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
カテゴリ
検索
ライフログ
以前の記事
カテゴリ:そらの書( 8 )
そらの書  七   - 和とするために -
1対1で話をする場合と
2人以上相手とする場合では 少々接し方も違う 気もする。

同じようなところもあるだろうけれども

1対1であればその人だけに意識を向けられるので
態度や表情、言葉遣い、ちょっとした動作や変化などを みて感じることができる
じーーーーーっと みていられる。 直接てきではないにしても。

二人の場合は その二人の関係性がまずあって、
同姓なのか、友達なのか、カップルなのか、夫婦なのか。。。

それぞれの関係性+性格 も関係してくるように想う。

しゃべりたがりさんなのか、人見知りするタイプなのか、などなどなどなど。

同姓の場合はわりかしどのようにでもいける気もするけれど
異性の場合はわりかし気をつけます。

まずはオレは男なもんなので 男に話しかけます。
女の子に質問があっても、 まず男の人に話をふって、 男の人に聞いてもらう。

そぅ。 わざわざ。

彼氏彼女の関係でも、夫婦であってもそれはよっぽどのことがない限りする。 今でも。

男の人を飛び越えて女の人から話が返ってきたら
そのときの男の人の反応をうかがいつつ 話しをする。
直接のやりとりに やきもち をやく人もいるだろうし、 おもしろくない と思う人もいる。
全然気にしない人も、 むしろそっちで話しをしてくれ という人もいる。
いろいろだけど、。

そーしたほうがうまい 気がするんだよね。

男と敵対せずに(大抵敵対することはないけれど)3人仲良くなれる時間が早い。 うん。


数人の場合には、その中のターゲットをきめる。
突っ込まれやすい人 や いじられてそうな人を探す。

そーすることで 一緒につっこみ、いじる。
自然と周りと一緒になれる。

いじる人とはもちろんコミュニケーションつくれるわけだし
周りともいじりながらコミュニケーション。

いじりやくの人にもつっこんでみたりして。


なーんて感じで、 和 つくる、。
[PR]
by sora-arukumono | 2008-06-16 00:33 | そらの書
そらの書  六   - より具体的に -
普段会話をしているとき
”それ” ”コレ” ”あれ” ”あそこ” ”こんなふう” ”あんな感じ” ”ココ”
といったような表現は当たり前につかっていて
もちろん僕自身もつかっているし、よく耳にする。

日常の会話では特に何の問題もないとおもうけれど
人に何かを教えるとき、僕の場合はイントラとして話していたときには
できるだけ上のような表現、言葉はつかわないように注意していた。

言葉だけを見聞きすれば伝わりにくいけれども
実際に体を動かし、動きを見せながら言うのでは何の問題もないとおもう。

例えば、、

 ”この手をココからココまで動かしてみましょう” と言って、
お客さんの手を動かしてあげる。  ・・とくに問題は無いと思う。
相手も フンフン とうなずいてくれるはずだと思う。

けれどもう一歩踏み込んでみて

 ”右手を目の下10cmくらいから胸の高さまで 真っ直ぐな1本の線をイメージして 
  その線にそって動かしてみましょう”
と言いながら 手を動かしてあげる。 ・・・どうだろう。

細かな、具体的な言葉をつかうことによってポイントが「ココ」という範囲から
「目の下10cm」という点へとかわり 頭の中のイメージもより絞りやすくなる。
相手はおおきくうなずいてくれる。

ついつい無意識につかってしまうちょっとした用語でも
相手にとったら未知なる用語である場合もおおいにありうる。

つねに自分が口にした言葉をチェックしながら 補足の説明をいれたりつなげる言葉を捜し、
つづく言葉を考える組み合わせる。

そうすることによって、なんとなく頭に入っていたものが、
確実にイメージといっしょに頭に入っていくと思う。
教えるとはそういうことだと考えている。

そぅ。 より具体的にかつサラリと。
教える時には心がけたいことの一つです
[PR]
by sora-arukumono | 2005-04-13 23:16 | そらの書
そらの書  伍   - 言葉の選び方 -
僕が言葉にきをつけていたことは前にも記した。

先日、新入社員の研修会に参加してきたのだが
その講師の人の言葉遣いをきいて幻滅した。
使っている言葉は丁寧で、丁寧語やら尊敬語、謙譲語?
などなど様々に使いこなしていてまさにパーフェクト。 さすがビジネス会話の達人って感じ。

が、わざとかしらないけれど、髪型の項目に入って会場の一人を指差して
「そーねー、君の髪の長さだと うざい わね。」って笑顔で言っていた。
受講しているほとんどが学生からの卒業生でその数人はあきらかに引いていた。


さすがにイントラをしていたころ うざい とお客さんにむかって口にしたことはない。
けれども、それとちかいことを口にしていることは意外と多い。
そのことば一つで自分の印象もかわるし、お客さんの気持ちややる気もまったくかわってくる。

教えていく過程で はっきりとその人の直したほうがよいところもあるし、
徐々にかえてゆくケースや、そのままでもなんら問題ないけれど、出来れば・・・というところもある。
ぼくが思うのはそういった場面に出くわした時、適切な 言葉 を使えるかどうかだとおもうのだ。
ここでいう言葉とは単語のことをいっているわけではなくて、表現の仕方だ。

例えば 漕ぎ方が不安定な人がいて その不安定さを伝えるのにも何通りかの表現があると思う。
漕ぎが不安定です! 漕ぎ方が不安定です よ ! 漕ぎ方がちょっと・・。ねぇ(笑)
がんばってもう少し安定させてみましょうか! あとすこし○○すればきっともっと安定しますよ・・
とかとか、 ホントにいろいろ。
どれも不安定さの原因を伝えてはいるけれど 読むだけでも全部印象は違うでしょ?
大切なのはストレスなくお客さん自身に不安定さを伝えることであり
その不安定さ克服の気持ちをうえつけることだと思う。それも自然に。。。

人の性格や状況によって言い回し、表現、声の大きさ、強さが必要で
頭で考えながら次の言葉を捜し、出した言葉をつなげ、強調させ、時にはフォローする言葉を選ぶ。
そのボキャブラリーを増やすのは本であり、いろいろな人と話をすることであり、よく観察し、聴くことであると思うのだ。

言葉ひとつで天国から地獄までゆける。
人に何かを伝える人ほど これほどまでに重要なとこはないのではなかろうか。。
[PR]
by sora-arukumono | 2005-04-07 00:29 | そらの書
そらの書  四   - わすれるべからず -
僕にもカヤックにはじめて触れたときがあり、はじめて水面へ浮かんだときがある。
生徒として講習に参加し、長瀞へ通っていたときがある。
だれにでもはじめての とき は存在する。

僕がインストラクターを目標にカヤックをならっていたとき
いろいろな場面で出会うその とき を記憶にやきつけるよう心がけていた。
その とき というのは
水に浮かんで水面を滑るように動くのりものに感動した とき や、
水面の動きの不思議さに目が止まった とき 。
景色をみる余裕がなくがむしゃらに漕いでいた中で突然に景色が目に入ってきた とき 。
はじめてひっくり返ってパニックになった とき 。
増水した川に流される恐怖を体験した とき。 などなど・・。
思い出しきれないほど数々の とき である。

今現在の自分にしか焦点があてられずにいると基準となる視点がたかくなりやすく
お客さんがこの段階では何に恐怖感をもっていて、何を知りたがっているのか、
次のステップへ向かうためにはどんなことを教えてあげたらよいのか。
といったような一番大切な部分に気がつきにくくなる。

自分が歩んできた様々な とき をたどっていれば自然にそのときの気持ちになれるし、
よりお客さんの気持ちにそって接することができる。
気持ちが近づけばよりこころもほぐれるし、お客さん自身も話しをきいてくれる。

そういった意味で初心に限らず様々な出来事や、遭遇したその とき を
心に留めておくことはとても大切な自分の宝物となる気がする。

ただ上から理屈だけでものをおしえるだけでなく 
よくいう ”おなじ めせん” にたてるようになるべきである。

 その とき を 忘れるべからず・・。
[PR]
by sora-arukumono | 2005-02-01 15:02 | そらの書
そらの書  参   - こころがまえ -
僕がガイドやインストラクターをする上で気をつけたことは
言い訳をしない ということだった。

何が起こっても自分の責任。けれどこう考えることは以外にも難しかった。
ついつい、「○○が・・」とかって口にしてしまう。
けれどそんなことは普通に考えておかしい話しなのだ。
ラフトやカヤックでお客さんと水の上に出ればそれこそ自分が相手の体調、行動を把握し、
自分たちの技術。フィールドである川も把握しなくてはいけない。
「今日の川は流れが強かったから・・」とか「今日のお客さんは・・」などと言っても
全くお話しにならないのである。

今日の川は流れが速くて、お客があまり漕げそうにない・・
大切なのは「そしたらどうするのか?」と考えることである。
そして、「いつもより早くコースどりをする」 とか 「時間を使ってお客に漕ぎを教える」
といったように解決に向けて行動することであると思う。

実際にあまり好ましくないコースどりをしたガイドに
「なんであのコースに行ったの?あそこは通らないはずだろ?」 と話しをした場合
「いや、お客さんが漕がなくって・・、」
などと言った言葉が返ってくることが多々あった。
確かにそれが原因なのだけれどもそれを作り出したのはガイド本人の責任なのだ。

言い訳をしたり、誰かのせいにする暇があったら考えて行動に移す癖をつけるべきだと思う。
少なくとも何も知らないお客さんを自然と言うフィールドに連れて行くのだから
そういったこころがまえを持っておくべきである。

今の自分に言い聞かせている。。
[PR]
by sora-arukumono | 2005-01-12 14:56 | そらの書
そらの書  弐   - 十人十色 -
実際にお客さんと向き合って講習、ツアーをはじめていく中で
常に心がけていたことは言葉遣いである。
勉強嫌いな僕であるからきちんとした敬語や丁寧語などはよくわからない。
けれどそういった気持ちを内に持っておくことは僕にだってできる。
自分が言われていやな言葉、なんとなく腹のたつことばぐらいは理解することができる。
そういった気持ちと自分で理解できるものとを合わせれば自然と答えは出てくると思う。
もちろん、適切でない言葉を発してしまうこともあるけれど
そういったことは次に繋がる経験にもなるし、
それをフォローする言葉のレパートリーや態度も経験をつむことによってすこしづつ増えてくる。

言葉というものはいろいろで
人にやる気を起こさせることも、人のやる気をそぐこともできる。
人を愉快にさせることも、不愉快にさせることも。
同じ言葉をつかってもある人にはよく伝わり、ある人には全く理解してもらえなかったり、、
本当に色々。

初対面の人に掛ける第一声で一番よくつかったのは
  「コンニチハ」  であろうか。。。
そのあとに、 「どこからきたのですか?」 「いい天気ですね。」
とつづけて、相手の間合いに一歩踏み込む。
このときにはどんな相手に対してでも少し改まった言葉をつかって入った。
下からこられるのが苦手な人もいるが嫌悪される確立は低い。
相手の間合いに入り言葉遣いをしながら
相手の反応を観察しながら話しを続ける。
このまま改まった言葉遣いに徹するか、少し崩していくか、イントラオーラをだしまくってちょっと風上に立つか・・・等々。
人によって自分の言葉遣いに変化を加えていく。
その中で話しながらさらにその人の雰囲気とか言葉遣いなどを気にかけつつ
そのときに一番無難な言葉遣いで自分を出していく。

人それぞれやり方や話し方に特徴があるだろうし、自分のスタンスもあるだろうと思う。
僕の中ではこれが今のところベストな方法で、自分も慣れている。
インストラクターとしてでなく、普通に接する人にも
自然とこのような雰囲気で話してしまう癖がついてしまった。

十人十色。
話し掛ける人も、かけられる人も。本当に様々。
人と接するのが面白いわけはここにもあるのだろう・・。
[PR]
by sora-arukumono | 2004-12-28 16:23 | そらの書
そらの書  壱   - 接する気持ち -
同じ仕事をしていると、毎日が同じことの繰り返しのように感じてしまうことがある。
カヤックのイントラ や ラフティングのガイド をしていたときも
自分の中では毎日が同じコース。同じようなトーク。なのである。
ラフトのボートの上。カヤックの上。安全についての説明。。等々。
ついつい説明を端折ったり、気持ちがおろそかになりやすい。
そんなときに思い出し、自分自身に教えたことは高校時代に先生が話していた

「自分にとっては毎日が同じ事の繰り返しのように思うけれど、生徒にとっては初めて遭遇する言葉であり時間で、自分が教えた内容は昨日の生徒に対してであり、今目の前にいる生徒には教えていない。つまりは自分にとってもはじめての時間なのだ。毎日が違う授業になっているんだ。」

といったこと。
僕は毎日同じコースを下り、ボートの上で話しをする。
けれど今日乗せているお客さんにとっては目の前に映る景色も、僕から聞く話しも初めてのこと。
そう考えると繰り返しだなんて思わないし、そのお客さんたちとの時間が自分にとっても貴重で、自分自身楽しくなってくる。
その楽しみがお客さんにも伝わるのか、ボートはさらに雰囲気をよくし、
楽しい時間が流れていくのである。

僕は一人の人間である。気分の浮き沈みもあるし、体調のよしあしもある。
お腹のすいているときもあれば失恋もするし、人間関係で機嫌の悪いときもある。
けれどそれをお客さんに悟られてはインストラクター失格であると思う。
それはインストラクターに限らず、人にものを教える人、人と関わりがある仕事をしているほとんどの人に当てはまることだと思う。

かけがえのないその時間は相手にとっても自分にとっても初めてだらけの繋がりなのだから。
[PR]
by sora-arukumono | 2004-12-28 10:58 | そらの書
そらの書 序
 6年間インストラクターという立場を通じて人に教え、教えられてきた。そんな中で思ったこと気づいたこと、感じたことなどを少しづつ、書き連ねていこうと思う。

 僕は長瀞という場所でカヤックのインストラクターをやっていた。カヤックというものがまだ日本ではメジャーでないけれど、フリースタイルの種目では世界で成績を残している人もいる。正式にプロというものもなく、インストラクターとして人に教えるのに必要な資格などは必要ない。だれかがどこかで 「僕はインストラクターです」 といってしまえば成立してしまうものなのだ。それぞれのスクール内で基準はあるもののその基準もマチマチ。あるスクールの生徒さんよりもへたくそなインストラクターも存在するほどだ。そんな中僕が所属したスクールは日本カヤックの草分け的存在でもある人が経営するところで、幸運にも基本的な指導をしてもらうことが出来た。もちろん自分自身で考え、試行錯誤し、また考えて見つけ出したものや、つくり上げてきたものはたくさんにあるけれど、そのように考えることが出来るようになったのはその人のおかげだと思っている。

 思い立ったままに書いていこうと思っているので、話の順序がめちゃくちゃだったり、文章そのものが読みにくいものとなってしまうかもしれません、。 まぁフィーリングのあった方に覗いてもらえたらなー。と思っています。

 いつまで続くのか、続いていくのかは自分でもわからないけれども。。気ままに・・。
[PR]
by sora-arukumono | 2004-12-15 13:57 | そらの書