気ままにつぶやき ゆるりとフラフラと 空を歩く    
by sora-arukumono
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立教新座中学・高等学校 校長のことば
卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ。


 諸君らの研鑽の結果が、卒業の時を迎えた。その努力に、本校教職員を代表して心より祝意を述べる。
 また、今日までの諸君らを支えてくれた多くの人々に、生徒諸君とともに感謝を申し上げる。

 とりわけ、強く、大きく、本校の教育を支えてくれた保護者の皆さんに、祝意を申し上げるとともに、心からの御礼を申し上げたい。

 未来に向かう晴れやかなこの時に、諸君に向かって小さなメッセージを残しておきたい。

 このメッセージに、2週間前、「時に海を見よ」題し、配布予定の学校便りにも掲載した。その時私の脳裏に浮かんだ海は、真っ青な大海原であった。しかし、今、私の目に浮かぶのは、津波になって荒れ狂い、濁流と化し、数多の人命を奪い、憎んでも憎みきれない憎悪と嫌悪の海である。これから述べることは、あまりに甘く現実と離れた浪漫的まやかしに思えるかもしれない。私は躊躇した。しかし、私は今繰り広げられる悲惨な現実を前にして、どうしても以下のことを述べておきたいと思う。私はこのささやかなメッセージを続けることにした。

 諸君らのほとんどは、大学に進学する。大学で学ぶとは、又、大学の場にあって、諸君がその時を得るということはいかなることか。大学に行くことは、他の道を行くことといかなる相違があるのか。大学での青春とは、如何なることなのか。

 大学に行くことは学ぶためであるという。そうか。学ぶことは一生のことである。いかなる状況にあっても、学ぶことに終わりはない。一生涯辞書を引き続けろ。新たなる知識を常に学べ。知ることに終わりはなく、知識に不動なるものはない。

 大学だけが学ぶところではない。日本では、大学進学率は極めて高い水準にあるかもしれない。しかし、地球全体の視野で考えるならば、大学に行くものはまだ少数である。大学は、学ぶために行くと広言することの背後には、学ぶことに特権意識を持つ者の驕りがあるといってもいい。

 多くの友人を得るために、大学に行くと云う者がいる。そうか。友人を得るためなら、このまま社会人になることのほうが近道かもしれない。どの社会にあろうとも、よき友人はできる。大学で得る友人が、すぐれたものであるなどといった保証はどこにもない。そんな思い上がりは捨てるべきだ。

 楽しむために大学に行くという者がいる。エンジョイするために大学に行くと高言する者がいる。これほど鼻持ちならない言葉もない。ふざけるな。今この現実の前に真摯であれ。

 君らを待つ大学での時間とは、いかなる時間なのか。

 学ぶことでも、友人を得ることでも、楽しむためでもないとしたら、何のために大学に行くのか。

 誤解を恐れずに、あえて、象徴的に云おう。

 大学に行くとは、「海を見る自由」を得るためなのではないか。

 言葉を変えるならば、「立ち止まる自由」を得るためではないかと思う。現実を直視する自由だと言い換えてもいい。

 中学・高校時代。君らに時間を制御する自由はなかった。遅刻・欠席は学校という名の下で管理された。又、それは保護者の下で管理されていた。諸君は管理されていたのだ。

 大学を出て、就職したとしても、その構図は変わりない。無断欠席など、会社で許されるはずがない。高校時代も、又会社に勤めても時間を管理するのは、自分ではなく他者なのだ。それは、家庭を持っても変わらない。愛する人を持っても、それは変わらない。愛する人は、愛している人の時間を管理する。

 大学という青春の時間は、時間を自分が管理できる煌めきの時なのだ。

 池袋行きの電車に乗ったとしよう。諸君の脳裏に波の音が聞こえた時、君は途中下車して海に行けるのだ。高校時代、そんなことは許されていない。働いてもそんなことは出来ない。家庭を持ってもそんなことは出来ない。

 「今日ひとりで海を見てきたよ。」

 そんなことを私は妻や子供の前で言えない。大学での友人ならば、黙って頷いてくれるに違いない。

 悲惨な現実を前にしても云おう。波の音は、さざ波のような調べでないかもしれない。荒れ狂う鉛色の波の音かもしれない。

 時に、孤独を直視せよ。海原の前に一人立て。自分の夢が何であるか。海に向かって問え。青春とは、孤独を直視することなのだ。直視の自由を得ることなのだ。大学に行くということの豊潤さを、自由の時に変えるのだ。自己が管理する時間を、ダイナミックに手中におさめよ。流れに任せて、時間の空費にうつつを抜かすな。

 いかなる困難に出会おうとも、自己を直視すること以外に道はない。

 いかに悲しみの涙の淵に沈もうとも、それを直視することの他に我々にすべはない。

 海を見つめ。大海に出よ。嵐にたけり狂っていても海に出よ。

 真っ正直に生きよ。くそまじめな男になれ。一途な男になれ。貧しさを恐れるな。男たちよ。船出の時が来たのだ。思い出に沈殿するな。未来に向かえ。別れのカウントダウンが始まった。忘れようとしても忘れえぬであろう大震災の時のこの卒業の時を忘れるな。

 鎮魂の黒き喪章を胸に、今は真っ白の帆を上げる時なのだ。愛される存在から愛する存在に変われ。愛に受け身はない。

 教職員一同とともに、諸君等のために真理への船出に高らかに銅鑼を鳴らそう。

 「真理はあなたたちを自由にする」(Η ΑΛΗΘΕΙΑ ΕΛΕΥΘΕΡΩΣΕΙ ΥΜΑΣ ヘー アレーテイア エレウテローセイ ヒュマース)・ヨハネによる福音書8:32


 一言付言する。

 歴史上かってない惨状が今も日本列島の多くの地域に存在する。あまりに痛ましい状況である。祝意を避けるべきではないかという意見もあろう。だが私は、今この時だからこそ、諸君を未来に送り出したいとも思う。惨状を目の当たりにして、私は思う。自然とは何か。自然との共存とは何か。文明の進歩とは何か。原子力発電所の事故には、科学の進歩とは、何かを痛烈に思う。原子力発電所の危険が叫ばれたとき、私がいかなる行動をしたか、悔恨の思いも浮かぶ。救援隊も続々被災地に行っている。いち早く、中国・韓国の隣人がやってきた。アメリカ軍は三陸沖に空母を派遣し、ヘリポートの基地を提供し、ロシアは天然ガスの供給を提示した。窮状を抱えたニュージーランドからも支援が来た。世界の各国から多くの救援が来ている。地球人とはなにか。地球上に共に生きるということは何か。そのことを考える。

 泥の海から、救い出された赤子を抱き、立ち尽くす母の姿があった。行方不明の母を呼び、泣き叫ぶ少女の姿がテレビに映る。家族のために生きようとしたと語る父の姿もテレビにあった。今この時こそ親子の絆とは何か。命とは何かを直視して問うべきなのだ。

 今ここで高校を卒業できることの重みを深く共に考えよう。そして、被災地にあって、命そのものに対峙して、生きることに懸命の力を振り絞る友人たちのために、声を上げよう。共に共にいまここに私たちがいることを。

 被災された多くの方々に心からの哀悼の意を表するととともに、この悲しみを胸に我々は新たなる旅立ちを誓っていきたい。

 巣立ちゆく立教の若き健児よ。日本復興の先兵となれ。

 本校校舎玄関前に、震災にあった人々へのための義捐金の箱を設けた。(3月31日10時からに予定されているチャペルでの卒業礼拝でも献金をお願いする)

 被災者の人々への援助をお願いしたい。もとより、ささやかな一助足らんとするものであるが、悲しみを希望に変える今日という日を忘れぬためである。卒業生一同として、被災地に送らせていただきたい。

 梅花春雨に涙す2011年弥生15日。


立教新座中学・高等学校


校長 渡辺憲司
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by sora-arukumono | 2013-10-02 09:12 | ことだま
子供の記憶
子供の頃に教えてもらったこと

それはたくさんあるけれど、実はそれら とても大切なことで
Simpleがゆえに芯の部分であったりするんじゃないか。

父からは
”ウソはいけない” と でも”人をかばうような イイ ウソもあるんだぞ” と教えてもらったこと

母からは
”食べ物を粗末にしない” ”きちんと挨拶をしなさいよ” ”人から好かれる人となりなさい”

祖母からは
”天に吐いた唾は自分にかえってくるんさよ。” と・

ほかにもそれぞれに 大切なことを教えてもらっていて、
それらは今でも自分の根本となるところへと存在する。


本人たちは何気ない一言だったのかもしれない。
でもそのときの僕にとっては 衝撃的な事実であって。
子供なkがらに、 自分でこういうヒトとなろうという、 ある決意がそこにあった。


そして、それらは今でも曲がろうとする自分をいつも正してくれる。

最近は 唾 だんね。

これはいいことでもわるいことでも 自分の行いが還ってくることを痛感しているさ。

いいことをして、誰にもわかってもらえなくとも
やがては自分に還ってくるものなのだから、 そのとき何もなくても心配なく
どんどんと 貯めてやれ くらいの気持ちでできる。


悪いことは、、 ちょっと鈍感で、
悪いことをしているつもりはないのだけれど、
実際に自分に降りかかってきて、、  あぁ、、俺も同じことをしていたんだ。。。
と。
たくさんに気づかせてもらいます。
そしてはじめて、反省し、相手や、関わったヒトに 申し訳なかったと、思うのです。

うん。

本当に還ってきますね。 すべてが。 そのままに、。 それ以上に。


天に吐くものは、よきものとしたいね。
すべてがつながっているのだし、。 やがてはつながってゆくのfだから。。


皆様よき夢を。。 
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by sora-arukumono | 2007-03-14 00:40 | ことだま
本居宜長
敷島の大和心を人問はば 朝日に匂ふ山桜花
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by sora-arukumono | 2006-04-23 10:45 | ことだま
michio
星野道夫のいろんなことばに触れる機会があって、
読み返しながら そんなことも言っていたなぁ。 って。
そんな深い言葉たち


 『大切なことは出発することだった』


 『人の心は、深くて、そして不思議なほど浅いのだと思います。
  きっと、その浅さで、人は生きてゆけるのでしょう』


 『きっと、人はいつも、それぞれの光を捜し求める長い旅の途上なのだ』


 『もう一度あのころの自分に戻れないか、と思ったのです。
  つまり、目の前からスーッとこれまでの地図が消え、
  磁石も羅針盤も見つからず、とにかく船だけは出さなければならないという
  あの頃の突き動かされるような熱い想いです。
  そしてたどり着くべき港さえわからない新しいた旅です』


 『Life is what happens to you while you are making other plans
  (人生とは、何かを計画している時起きてしまう別の出来事のこと)』


 『ぼくたちが毎日を生きている同じ瞬間、もうひとつの時間が、
  確実に、ゆったりと流れている。
  日々の暮らしの中で、心の片隅にそのことを意識できるかどうか、
  それは、天と地の差ほど大きい。 』


 『「いつかある人にこんなことを聞かれたことがあるんだ。
  たとえばこんな星空や泣けてくるような夕陽を一人で見ていたとするだろう。
  もし愛する人がいたら、その美しさやその時の気持ちをどう伝えるかって。」
  「写真を撮るか、もし絵がうまかったらキャンバスに描いて見せるか、
  いや、やっぱり言葉で伝えたらいいのかな」
  「その人はこう言ったんだ。自分が変わってゆくことだって…。
  その夕陽を見て、感動して、自分が変わってゆくことだって思うって。」 』

 
 『子どもの頃に見た風景がずっと心の中に残ることがある。
  いつか大人になり、さまざまな人生の岐路に立った時、人の言葉ではなく、
  いつか見た風景に励まされたり
  勇気を与えられたりすることがきっとあるような気がする』


 『いつか友人が、この土地の暮らしについてこんなふうに言っていた。
  「寒さが人の気持ちを暖かくさせる。
  遠く離れていることが、人と人の心を近づけるんだ」と』

 『雪の世界の美しさは、
  地上のあらゆるものを白いベールで包みこむ不思議さかもしれない。
  人の一生の中で、歳月もまた雪のように降り積もり、
  辛い記憶をうっすらと覆いながら、
  過ぎ去った昔を懐かしさへと美しく浄化させてゆく。
  もしそうでなければ、老いてゆくのは何と苦しいことだろう。 』


 『かけがえのない者の死は、多くの場合、
  残された者にあるパワーを与えてゆく。』 

 
 『結果が、最初の思惑通りにならなくても、
  そこで過ごした時間は確実に存在する。
  そして最後に意味を持つのは結果ではなく、
  過ごしてしまった、かけがえのないその時間である。』
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by sora-arukumono | 2006-04-02 09:58 | ことだま
取り越し苦労
妹からもらった言霊


取り越し苦労とは

 明日カレーを食べるのに

今日水を飲むようなものだ



んー。。。 確かに。
オイラいっつも水をガブガブのんでいる気がする。

そら、今日も、昨日も。笑

明日食うカレーは甘いかも。
明日はカレー食わないかも。
明日はカレーじゃなくなるかも。

水ばっかりのんでても そりゃー らちあきませんよね。
大分楽になりました。

 THANKS FOR YUKIE
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by sora-arukumono | 2006-01-27 23:12 | ことだま
チカラ

毛虫は
「そらをとべたらなぁ」 とは言わない
やがて変身してそらをとぶ

石は
「やわらかくなれたらなぁ」 とは言わない
やがて崩れてやわらかくなる

あなたも、とべる
あなたも、
やがて崩れてやわらかくなる

チカラはあなたのなかにある


         聖なる言葉より

補足
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by sora-arukumono | 2005-06-01 09:11 | ことだま
a thousand winds
Do not stand at my grave and weep

I am not there, I do not sleep

I am in a thousand winds that blow
I am the softly falling snow
I am the gentle showers of rain
I am the fields of ripening grain
I am in the morning hush
I am in the graceful rush
Of beautiful birds in circling flight
I am the starshine of the night
I am in the flowers that bloom
I am in a quiet room
I am in the birds that sing
I am in the each lovely thing

Do not stand at my grave and cry

I am not there I do not die

和訳
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by sora-arukumono | 2005-04-11 13:45 | ことだま
猟奇的な彼女より

偶然とは 努力した人に

運命が与えてくれる橋
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by sora-arukumono | 2005-04-02 19:30 | ことだま
・・フム
自分の進むべき道は心で決めなさい

心とは

今目の前にある現実にとらわれぬ信じぬく心

・・・・・

今でもくりかえし続く人間の心の闇の歴史
戦争にまきこまれる人々
悲しみを背負う人々
そして数かぞえきれぬ様々な諸行

それらの全ての切なさの原因こそ
他と信じあえぬ事にありました

たとえいくら裏切られようと
信じる限り こちらから敵対する事などなく
むしろ疑いをもたずにいられる事こそが
何より自身の幸せである事

それが 愛 なのだという事
・・・・
信じることをやめた
小生のこの行いこそ
人の闇そのものだったのです・・

   by シャーマンキング20巻
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by sora-arukumono | 2005-03-28 00:12 | ことだま
・・・待ってました?
more than words和訳

”愛してる”って言葉を君からききたいわけじゃない
言ってほしくないとゆう訳じゃないけど
ただ知っていてくれたなら

君が感じたものをあらわすことはとても簡単だってことを
それを真実に変えるには
言葉を越えたことをするだけでいい
そうすれば”愛してる”なんて言わなくてもいいんだよ
僕はもうしってるから

君はどうするだろう
もしも僕のこころが二つにさけてしまったら
僕に対する君の愛が本物だと証明するには
言葉を越えたものが必要なんだ

君はなんて言うだろう
もしも僕がその言葉をなくしてしまったら
そうしたらもうI love youって言うだけじゃ
何も変えることはできなくなる
言葉を越えたもの

僕は今君に語りかけ、わかってもらえるようにがんばったんだ。
君はただ目を閉じて手を差し伸べるだけでいいんだ。
そして僕に触れ、抱き寄せてもう二度と手放さないで
言葉を越えたもの
僕が君に望むのはそれだけなんだ
だから君は”愛してる”なんて言わなくてもいいんだ
もう僕はしっているから

言葉を越えたもの
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by sora-arukumono | 2005-02-23 14:29 | ことだま